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哲学マンガ「オムレット」作者のブログ
by hirumas-omelet
カウントダウン〜
7月下旬といえば…世の中は夏休みであ〜る。

そろそろユニの新ホームページが公開できそうなので、こちらのページもあわせてプチリニューアルしたい。
これからはユニ関連の話題はなるべくユニのページに書くことになると思うので、こちらのユニ日記は廃止して、ひるますのメモということにしました。

といいつつ、ほとんど更新してなかったが、7月下旬といえば、恒例の「カルチャーレビュー」原稿の締切がある、というか実はすでに過ぎている。
なんでも前回のラストで黒猫房主さんが「一度も発行日を遅れず似発行できた」とおっしゃってプレッシャーかけてたので(笑)、なんとしても間に合わせねばならない。

今回のテーマは…。

まあ順当にいけば、このまえの「死」の話には「宗教」の話が続くのだが、
…はたしてどうなるか、お楽しみに。

こちらのブログはほとんど更新してなかったが、ひるますとしては、最近、みねまいこのCDを発売して「感想」を投稿した。これを読むとみねまいが聞きたくなると思うので、こちらもぜひ合わせてお読みください。
ページの右下方向にある「リスナーの声」というリンクからご覧下さい。

http://www.minemai.com/disc.html
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# by hirumas-omelet | 2005-07-24 01:29 | 臨場哲学の辺縁
大殺界的
不思議なことだが、
先週、あるいはその前くらいからず〜と、私の周りではトラブルというか「喧嘩」「喧噪」といった殺伐とした出来事が続いている。で、不思議なのは、それがだいたいは破局には至らず、うまく終息していく、ということ。

なんだかそんなことに慣れてしまい、もはやトラブルがおきても「どうせうまくいくんだろう」くらいにしか思わなくなったしまった。

そんなわけで、ダンス。
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# by hirumas-omelet | 2005-07-02 01:27 | 臨場哲学の辺縁
宇宙戦争
それはかつて、遠い過去に、どこか別の宇宙から飛来したのだという…。
つまり宇宙生物なのだそうな。

先日、夜通しで池袋某所で仕事をすることになったワタクシ、
(断っておくが、ユニ事務所ではない)
その某所、はっきりいうと某マンションの一室だが、
そこに隠れ住んでいた宇宙生物と壮絶なバトルを
くりひろげていたのだった。。
仕事どころではない。
たたきつぶしても次から次へとわいて出てくるような
そいつらに恐怖を感じて、プリンタをセットしたまま
とりあえず退却した私であった。

翌日、そのマンション某所の主に、きつく、
おたくのマンション、宇宙生物の巣窟ではないか!と
抗議し、基本的にはもうそこで作業はしないぞと
心に誓ったのだったが…

きょうになってまたそのマンションの主より依頼があり、
その某所(断っておくが、ユニ事務所ではない)で
作業せざるを得なくなったのだ。

で、深夜ちかく、おそるおそる、某所にいってみると、
意外にもこぎれいな印象。
どうやらわずかに見えている床(某所はほとんど荷物置き場と
化しており、言葉どおり足の踏み場もない。その荷物の山の中が
宇宙生物のすみかとなっているらしい)が、
どうやら掃除機がかけられているらしい。

そういえば、前にきたときは、なにやら正体不明の食物破片の
ようなものがそこらへんの床に散らばっており、宇宙生物の
かっこうの餌になっているようだった。

う〜ん、いちおう駆除剤等の対策はとったのだろうか…。

と考え、作業にはいった私だったが、
もちろんそんな甘いことがあるはずもない。

すぐに部屋のどこかからか

カサカサ、

という音が聞こえ始める。
俺の目のセンサーはとっさに、そこに動く宇宙生物の姿を
とらえた。なにやらデパートの買い物らしく食物がはいった
かんぶくろから、そいつは姿を現した。

すぐに捕獲・駆除しようとそのかんぶくろに向かったところ、
そいつは驚いたのか、かんぶくろの中に落ち、その中で
もがいているようだった。

ガサガサ、
ガサガサ、

しかしこいつをどうやってこの中で捉えるか、あるいは
退治するか…
と考えていると、ぞっとする悪寒を背後に感じた。
なんと俺の背後になった台所を宇宙生物の一団が
占領しているではないか!

退却〜〜、と
俺は某所を後にした。

(この話はフィクションです。一部)
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# by hirumas-omelet | 2005-06-23 01:26 | 日記
あっという間に
あっという間に
6月も半ばにさしかかろうとしている。

ここに書くのも忘れていたが、
6月といえば偶数月で、ひるますのエッセイ「伊丹堂の
コトワリ」が「カルチャーレビュー」に掲載される月でもある。

というわけで、
掲載はこちら

http://homepage3.nifty.com/luna-sy/re50.html#50-1


またブログバージョンは
こちら

http://kujronekob.exblog.jp/

ぜひご覧ください。

それとユニHPが改装中なので、私の個人ページへの
リンクを書いておきます。

http://homepage.mac.com/hirumas/index.html
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# by hirumas-omelet | 2005-06-14 01:23 | 臨場哲学の辺縁
怒濤の休日
この日は平日ではあるが、ユニとしては休日宣言をして、関東某所のさしちさん宅をご訪問。というか、強引にごちそうしてもらったのだが、さしちさんの手作りピザ、強烈にうまかったです。いぜん、さしちさんの日記にこの手作りピザの話題がかいてあったのを読んだKAOさんがど〜しても食べたい!と企画したのだが、いや〜よかったよかった。牛さん、ねこさんたちにもあえたしな。今度は私たちがごちそうせねば、…と思ったが、その前に、次はS社S氏の家におじゃましようという、おしかけ企画が勃発している。
S社S氏は休日に親戚の家の草むしりを手伝うことがあるそうで、では、我々もそれに参加し、いい汗かいたところで一杯ごちそうになる、という非常に健康的な企画。

これに参加したい!という方は早めにご連絡ください。日曜になる可能性が高いです。
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# by hirumas-omelet | 2005-05-28 01:22 | 日記
その後のNHK
NHK問題も沈静化かと思いきや、病院へのテレビリース
業界団体が不払い決定、とやってくれた。

朝日のコラムでは鳥越さんがじつに優等生的な意見を
書いていて、視聴者は不払いという手段によってNHKを
コントロールする手段を得た、だと。
そんなの払い続けている人もいるんだし、単なる気分では
ないか。無責任な正義ぶった見解だよな〜。
ばしっとNHK廃業、または国営化となぜいえぬ。

目についたとこでは週刊プレイボーイが「いらね〜よ、NHK」
という特集をしていたが、サブタイが
「最大の罪はつまらないこと」ときている。
これはダメだね。
NHKはつまらなくてもぜんぜんかまわないわけで、
論点がずれている。
つまんないからこそ、ああNHKだなあ、と思うというもんではないか。
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# by hirumas-omelet | 2005-02-06 01:21 | 臨場哲学の辺縁
NHKの研究
はやいもので、カルチャーレビューの〆切りがせまっている。。

そんな中、まだその話は終わっていないので、ちょっとだけ書いておくことにしよう。
仮にNHKが廃業するか、分散縮小して国営化される場合(前項の神崎さんのコメントをみよ)、ではどうなるのか?という人々がいる。
NHK出版とかNHKエンタープライズとかいう子会社の人々だ。

それにしても不思議だが、どうしてこういう「子会社」が存在しているのだろうか。

こころみにこれらの「子会社」のホームページで会社概要などみると、NHKが株を保有して運営していることになってる。
不思議なのはNHKは受信料でなりたってる、ということからすれば、NHKというのは放送をするためにその受信料を使うのが当然で、こういう「子会社」に資金投下する金として使っていいのだろうか。
またそもそも法律的に、というか、それ以前に道義的なまっとうさからして、こういう子会社の運営なんてものが認められるのかどうか、ということだ。
もちろん、こういったことがすでに何十年にもわたって行われているということは、法律的には問題ないのだろう。
たぶん、これはNHKの予算として国会で承認される、というプロセスで認められたということになっているはず。

しかしどう考えてもこれがまともではないのは、NHKの存続自体を疑問視している地点からは当然のことだろう。

NHK出版の会社概要には、NHKの教育番組のテキストを作るために会社が発足したとある。しかし、今現在この出版社で出してるのって、テキストだけではなく、人文科学系の本など結構出ている。これって…民業圧迫ってやつではないんだろうか。私のように弱小人文系出版社とつきあっているととくにそう感じてしまう。
NHK出版です、なんていったら、それだけで「信用」がついてきそうだもんね。
ここのHPでご丁寧に紹介されているように、ここはしょっちゅう大新聞に広告打ってるのだが、そんなこと普通はできないからね〜。まったくうらやましい限りである。で、そもそもその金って受信料だよな、ということなのだが。

もちろん民間出資が入っているから儲けなきゃいかんという論理もあるだろうが、とすると、逆にそういう民間会社がNHKの関係会社だからといって、無条件でテキストの制作を受注するということが今度は問題になるだろう。

私、じつはある機会があって、ここの幹部にあったことがあるのだが、なんでも今はテキストの制作は公正な入札のもとにおこなわれてるんだそうな。
まじですか…、よその出版社がだしたNHKテキストなど見たことがないのだが、と私はおどろいたものだった。
(というか、それって存在理由の否定ではないか…)

ちなみに「NHK出版」、正式名称は
株式会社日本放送出版協会
である。
え?
NHKは日本放送協会なんだから、
当然、
日本放送協会・出版
だろう。
なんで「出版協会」
なんだ。
いかにも「公的機関」みたいではないか。

それなら略称は
NHK出版ではなく、NH出版K、あるいはNHS協会
でないとおかしいと思うのだが…。

NHKエンタープライズにいたっては、正式名称は知らないが
よ〜するにその意味は
「NHK企業」
である。
意味がわからん。
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# by hirumas-omelet | 2005-01-20 01:20 | 臨場哲学の辺縁
NHKの問題
例の政治介入問題について、小泉首相が
NHKのもんだいと言ってるようだが、まあこれは
その通りでしょう。
アベさん、ナカガワさんがどう言った・言わないにせよ、
番組内容の漏えいがあったのかどうか、改変があったのかどうか、
ということはNHK自体の内部問題でしかないからだ。
ってわけで、首相も「NHKの問題」というなら、そのNHKをどう
すべきなのか?ということをふみこんで言うべきだと
思うが。

さて、この話、実はまだまだ奥がある。

エンタテーメントとジャーナリズムの部分はそもそも「公営」放送には不可能というか原理的にそぐわないのだから、廃業には賛同してもらえる部分もあるのではないか、という気がするが、それでも災害時などの緊急放送、あるいは政見放送などの公的なもの、また教育テレビのおおくの部分などは「必要」なのではないか、という人は多いだろう。
またそのことが、なにはあってもNHKは必要だということの根拠にもなっているかもしれない。実際にはその「理由」と存在の実際はまったくかけはなれたものなのだが…。
それはともかく、そういう「必要部分」の問題については、私としては存続してもいいが、受信料形式はやめるべき、と考えている。
そこに膨大なコストがかかり、受信料を集めるための組織を維持することが目的と言うような本末転倒がおきてしまうからだ。
ではどうするか?というと、これは単純な話で「税金」で運営すればよい。公共放送なんだから。
ところでその税財源はというと、実はここからが本論だが、ようするに「放送税」というものをつくり、これは視聴者からではなく、「民放」から、その広告収入に応じて徴集すればよい。というか、そうすべきと考える。
と、いうのは、現在、民間放送は免許制度によって成り立っているが、それについての各民放のコストというものは存在しない。放送機械等の維持コストはあるだろうが、実は放送用の電波帯域を独占使用していることについてのコストは払っていないのだ。ようするにタダで巨大なインフラを手にしているのが民放の実態。新聞でも雑誌・書籍でも当然のようにそれを流通させるためのコストを払っているが、その部分が皆無なのがこの世界なのだ。
誰でもうすうす気づいてはいると思うが、放送関係者の給与は非常に高額である。それについて、たいていの庶民は「それだけ重要な仕事をしているのだから…」と考えているようだ。
しかしその重要さというのは、裏腹にその放送局が、電波帯域を独占している、というインフラにおける重大な責任なのであって、別にその人の能力でもなんでもない。能力のある人もあるだろうが、それとは関係がないところでその勘定はなされている。
同様に、テレビの広告費というのも莫大なものだが、その高額さは、テレビで流せばたくさんの人が見るから…という効果によって納得されているだろう。しかし、それだけの高額なものの原価って、いったいいくらで、それがどう収益として配分されるのよ?と考えると、どうにもつじつまがあわないということになるだろう。それだけ多くの人が見るというのも、かぎられたチャンネルを排他的に使用できるというインフラの条件によるところのものでしかないからだ。
ようするに既得権にのった商売が横行している。しかし民間は民間なのだから、廃業せよというわけにもいかん(笑)、そこで適正な税負担をもとめるべきだというわけだ。

というわけで、NHK問題とは結局、あたりまえだが放送とはなにか?という問題でもある。

こういったインフラ問題は今後、ネットの浸透にともない、大きく転換していくだろうが、とりあえず放送というところで考えていけば、NHK解体と民放に対する「目的税」の導入というところが、もっともリーズナブルな決着点であると考える次第。
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# by hirumas-omelet | 2005-01-16 01:19 | 臨場哲学の辺縁
NHK廃業論
というわけで、禁断の話(笑)を書き始めているわけだが、別にNHKにけんかを売っているわけではない。別にうらみもないし…。
そもそも話、考えてみれば、私は「不祥事があったから」→廃業すべき、といってるのでもない。そこが会長退陣論とはそもそもレベルの違う話なのだ。ようするに不祥事があろあとなかろうと、原理的に考えて、NHKは廃業すべき、という、これは冷静な(平時の)議論であったりする。

などと書き出したとたんにまたまたNHKでは「検閲」問題がぼっ発。
これ、TBSがオウム真理教幹部・早川某に放送前にビデオを見せたという件と同じようなもんなんだが、その自覚はないようだ。
自覚がないというより、そもそも自己規定があいまいなのだろう。
憲法上の定義がはっきりしない自衛隊に似たものといってもいい。
民間のジャーナリズムなのか?はたまた官僚なのか?
あるいは、興行師なのか?
別に視聴率争いがあるわけでもないのに、民間興行師のようにしゃかりきになってエンタテーメントをつくろうと「番組のため」に金を使いまくったのがかのプロデューサーであった。
ようするに、ジャーナリズムごっこ、官僚ごっこ、興行師ごっこである。

そこから救済される道は、完全に国営放送と化して、ひたすらに国民に仕える官僚となるか、民営化して自力でやるしかない。
民営化とするはいっても、この膨大なインフラストラクチュアを引き継ぐ権利など誰ももっていないのだから、いさぎよく廃業しなさい、と私はいっているわけである。
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# by hirumas-omelet | 2005-01-13 01:18 | 臨場哲学の辺縁
NHK
メディアということを
考えてみると、さいきんの話題はなんといっても
NHK。
これはちょっとワタシとしても言うべきことが
多い。
ま、それはぼちぼち書くとして、
会長辞任と受信料不払いというのがど〜にも
奇妙だと思う。
ま、かのエビ様はどう考えても不適格な人物としか
思えないので、辞めてしかるべきとは思うが、
そんなことはただの当たり前であって、
なんら問題の解決にはならない。

今回の問題って何か?というと、たんなる個人的な
横領があり、それを組織が放置したということではなく、
強制的に集めたカネで、テレビ局ごっこをして
遊んでる人達がいる、ということ、それが問題でしょう。
よ〜するに誰もたのんでないし、必要でもないのに
公共放送がエンターテインメントを作成し、
そこで莫大なカネが動いているというそのことでしょう。
それに対して「不払い」だというのなら分かる。
が、たいていの人は会長が辞めればそれでいい
(不払いも止める)ということらしい。
ほんとはみんな、薄々はその根本にきづいてるとは
思うんだけどね。
どこかで「公共放送自体は必要」と思い込んでいるから、
そこまで踏み込めず、会長がやめれば、という
分かりやすいところで手を打ってるんでしょうね。
週刊文春に柳田邦夫氏が、「会長が辞任すべき理由」というのを
書いている。
つねに彼はなんか過激な身ぶりで書き立てているのだが、
その実態は、たんなる現状肯定。
NHKという問題の根本から目をそらさせるものでしかない。
ではNHK問題とは何か、というか、NHKはどうすればいいかというと、
会長が辞めるのではなく、NHK自体が辞めるべきところに来ている
と私は思う。
ようするに廃業せよ。

これは郵政民営化論に似ていると思われるかもしれないが、まったく違うものである。だいたい俺は郵政民営化には反対している。
民でない国家による「郵便」は必要だと思う。しかしNHKの方は不用。
これにはいろいろと根拠があるので追って書いていくこととしよう。

廃業というと、関取以外では、山一証券の例が記憶に新しい。
マンモス企業体の廃業というのはありえないことではない、ということをこの山一は「最良のモデル」として残してくれた。
にもかかわらず、廃業すべき時に廃業ということすら思いつかなかったのが、オウム事件で人命にかかわる犯罪を組織的におこなった「TBS」であった。
なぜ思いもしなかったかというと、それを手放すには、その利権がおまりに巨大だったからだろう(山一の場合は利権が枯渇していた)。
欲にくらんで、人と企業としてのまっとうさを捨て、筑紫哲也という廃人をひとり生み出して、あれはなかったことにしてしまったTBSに、もはやジャーナリズムという「思想」はない。
あれはなかったこと、にした中沢新一に思想がないのと一緒である(こっちは初めからなかったのかな?)。
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# by hirumas-omelet | 2005-01-12 01:16 | 臨場哲学の辺縁